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『全裸監督』黒木香役で圧倒的存在感!

 「ナイスですね!」といった印象的な言葉とともに、アダルトビデオ業界の黎明期を席巻した村西とおる。その独特な喋りのテクニックとオン/オフのスイッチ、さらに白ブリーフ一丁の姿でカメラを構えるインパクト大の姿まで完璧に我が物として掌握する、山田孝之という俳優の姿をまざまざと見せつけられたNetflixオリジナルシリーズ『全裸監督』。そんな山田の芝居に引っ張られるかのように、玉山鉄二満島真之介といった共演陣が揃いも揃って泥臭く画面の中で蠢きあう中、紛れもなく異質な存在感を放っていたのが、実在した伝説的女優・黒木香を演じた森田望智だ

森田が演じる黒木香がテレビの討論番組に出演し、饒舌に持論を展開していくシーンから幕を開ける本作。実際に彼女が物語に関与してくるのは第2話からで、まだ女学生だった彼女ーーこの時点では「黒木香」ではなく「佐原恵美」という名前だーーが、友人と歩いていると、神社の境内でビニ本の修正を消そうと躍起になる少年たちを見つけるというくだりがはじまりとなる。その後彼女は大学に進学し美術を専攻。厳格で保守的な母親への不信感を抱えながら次第に性に目覚め、ふとしたきっかけで村西の存在を知り、第5話で自ら事務所に訪ねてきて「出演したいんです。アダルトビデオに」と申し出るのである。

 いわば彼女が本作で務めている役割は、村西とおるという男が(良くも悪くも)覚醒するきっかけとなったミューズといったところだ。村西がうだつの上がらない営業マン時代に巧みなトーク術を身につけて成長していった過程を反復するように、彼女も独特の言い回しを獲得して時代の寵児としてメディアに多く取り上げられていく。一見すると、彼女も村西という第三者の手で開花したかのように映るが決してそうではない。彼女に「黒木香」という新たな名前を与えた村西は単なるきっかけなり踏み台に過ぎず、彼女は自分自身で「佐原恵美」という人間を開花させて「黒木香」というもうひとりの姿を勝ち取るのだ。

 この森田望智という女優を、本作を観る前から知っていたという人は果たしてどれくらいいるのだろうか。恥ずかしながら筆者自身も、名前を見かけた記憶があるだけで具体的に他の出演作と結びつけることはできなかった。改めて彼女のフィルモグラフィにある作品をいくつか観直してみると、例えば『一週間フレンズ。』では主人公たちの同級生役として序盤のクラス発表のシーンや中盤の教室のシーンであったり、はたまた『リュウグウノツカイ』では集団妊娠計画を企てる10人の女子高生のひとりとして、まちがいなく森田望智という女優はそこにいるのだが、絶妙に作品に染まって他のキャストを引き立てる役割を担っているに留まっていた。目立つ役柄といえば、土屋太鳳と一緒に「ちちんぶいぶい」と歌って踊りながら秩父に旅するCMぐらいではないだろうか。

 そう考えると、本作での彼女の演技は突然変異なのだろうかとさえ思えてしまう。それかむしろ、大役を射止めたから必然的に輝いて見えるのか、とも。しかしインタビュー記事などを拝見すると、決してそうではないと感じてしまう。黒木香という女優を演じるためにトレードマークである脇毛を作ってオーディションに臨んだり、役を射止めてからも独特な喋り方を習得するためのリサーチを重ねたり、黒木が執筆した書籍などの資料を読んでその考え方を学んだりと、決して突発的な憑依演技が自然発生したのではなく、彼女自身が女優として蓄積してきたメソッドが、どっぷりと役柄にのめり込むような形で具現化したということが見て取れる。

 無論、この役を他の女優がここまで演じきることができたかといえば、いくら武正晴河合勇人内田英治といった監督たちの安定した演出力があったといえども、そうは思えない。上品さを携えた佇まいから、一瞬でスイッチが入って豹変する姿。堂々としたその雰囲気はエロティックなようでいて、狂気じみた迫力と哀しみの両面を帯びている。単なる“体当たり演技”などという持て囃しの言葉では形容しきれない圧倒的な引力によって、山田孝之の独壇場になりかねない作品を丸ごと彼女の色に染めていく。これはもう、彼女が持ち得ていたポテンシャルが本作との出会いで花開いたとしか言いようがない。その点でも、劇中で彼女が演じた役柄と完全に同化しているようだ。

 彼女が本作をきっかけに出演作が急増するような大ブレイクを果たすか否か、それはNetflixオリジナルの国内テレビドラマ作品で注目を浴びた若手俳優という前例がまだ少ないため何とも言えないところではあるが、その可能性は間違いなく高い。すでに現在テレビ東京系で放送中のドラマ『Iターン』でもメインキャストの一角として出演しており、着実に民放ドラマなどでもその存在感を発揮しはじめているのだ。ひとつ期待を込めるのであれば、本作でのあまりにも鮮烈なイメージを覆すような、まったく異なるタイプの演技を『全裸監督』のシーズン2までに観せてもらいたいといったところだろうか。